東京高等裁判所 平成11年(く)177号
主文
原決定を取り消す。
本件を東京家庭裁判所に差し戻す。
理由
本件抗告の趣意は、附添人弁護士○○作成の抗告申立書に記載されたとおりであるが、要するに、少年を中等少年院に送致した原決定の処分は著しく不当であるというのである。
そこで、検討するに、本件非行事実は、少年が、(1)交際していた当時15歳の女性から別れ話を持ちかけられて自棄的になり、台所から取り出した刄体の長さが約17センチメートルの文化包丁を自分の腕に当てて「死んでやる。」と叫んだところ、同女から「勝手に死ねば。」と言われたことに憤激し、右包丁を同女に突きつけながら、「ぶっ殺してやる。」などと怒号して脅迫し、(2)これより2箇月半くらい前に、同女と共謀し、駐輪場において無施錠の自転車1台を窃取したというものである。まず、(1)の非行についてみると、態様自体は危険であるものの、犯行時の居室には、少年の友人2人も同席しており、少年は、右非行後友人が警察へ通報すると、自ら右包丁を台所に戻していること、被害者が現在では少年を宥恕し、今後も交際を希望していることや前記のような本件の経緯等に照らすと、それほど重大な非行であるとまでは評価することができず、(2)の非行の自転車が被害者に還付されていることをも考慮すると、各非行事実自体からは、少年の要保護性が施設内における矯正教育を必要とするほどのものとは認めることができない。
次に、少年の要保護性に関するその他の事情をみると、少年は小学5年生のときに、父母の離婚により母親や兄弟と生活するようになったが、中学3年生のときに、母親に激しく反抗し、包丁を持ち出して「死にたい」「みんなで死のう」などと叫ぶ行為が繰り返されるようになったため、平成6年11月ころ母親の実家で生活するようになったが、実家の伯父に対しても包丁を持ち出して騒いだことがあり、平成10年10月ころに前記被害者と知り合って交際を始めたこと等により、専門学校への通学を止めて実家を出て行ったこと、被害者との交際中は、些細なことから同女に包丁を突きつけたり手で殴打したりしたこと、鑑別所内における母親との面会中や調査官の面接中に、突如興奮して怒鳴り出すことがあったことが認められる。これらの事情や鑑別所における鑑別結果等を総合すると、確かに、少年の性格は、幼稚で自己中心的であって、感情統制を失いやすいという資質面の問題が大きいことが認められ、少年の保護環境が良好であるとはいえない状況にあることも明らかである。
しかしながら、少年にはこれまで保護処分等の経歴が全くなく、包丁を使っての行為も身内を相手にする場合に限られており、その使用方法も、多くは相手の同情を買うための自殺企図であって、包丁を使って他人を負傷させた前歴は認められない。また、少年は、本件非行時には新聞配達をしながら1人でアパートで自活する生活を送っていて、その生活ぶりに特段問題は認められなかった。さらに、少年の母親は、少年を自宅に引き取って精神的なカウンセリングを受けさせながら、更生させたいと希望し、実家の伯父もそのための援助を約するなど、親族らが、少年を指導しつつ、少年の前記資質面の問題にも対処する方策を講ずる意向であるとうかがわれ、少年自身も、鑑別所内で作成した実母宛ての手紙の中で、面会に来た実母に対する態度とこれまでの親不孝を謝まり、立ち直りたいと述べると共に、自らの性格の偏りを自覚してカウンセリングに通うと述べており、原審審判廷でも同様に供述している。
これらの非行事実の内容や要保護性に関する事情を総合すると、現段階では少年の要保護性が少年院における矯正教育を必要とするほどのものであるとは認められず、母親やその実家の援助を受けながら、在宅処遇によって更生のみちを探るのが相当であると認められるから、少年を中等少年院に送致した原決定の処分は著しく不当であるというべきである。論旨は理由がある。
よって、少年法33条2項、少年審判規則50条により原決定を取り消し、本件を東京家庭裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 村上光鵄 裁判官 木口信之 杉山愼治)